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JACKIE CHAN Style "Garden"

jcstyle.exblog.jp

銀色世界 1979年3月号

銀色世界 1979年3月号 酔拳のプロモーション?でタイを訪れてます。
秦祥林と林青霞っぽい人が写ってるけど。。。







ってことで思い出したのがこの写真。↓
タイのビーチで撮ったものだそうで。やっと理由がわかりました。


# by jcstyle | 2008-11-22 10:21 | Drunken Master

DVDで~た 12月号

たまに買うDVD雑誌に DVD-BOXの記事が↓

”ジャッキーの新録音インタビュー、「龍拳」では同時進行だった「酔拳」で顔の右側に傷を負ったため、顔の左側だけ写るようにしたシーンがあったなど興味深い撮影舞台裏を明かす。”

う~~~~なんか、、、、いいぞ。
新事実が明かされてたら嬉しいな。
# by jcstyle | 2008-11-22 09:57

師弟出馬 3時間バージョン

GH移籍後初主演作品「師弟出馬」1979年6月から5ヶ月間によるハードスケジュールのなか撮影に使用したネガフィルムは17万フィート(18時間53分。のちにさらなるフィルムの無駄使いをしギネスブックにも載る)。前作笑拳で使いすぎと批判されたという3万フィート(5時間33分)など比べ物にならない。同年ローウエイプロで撮影中だった新作「醒拳」を未完成のまま行方をくらましその後ローウエイが一族とノラミヤオを率いてシェラトンホテルにて記者会見を行うなどと異例の事態に発展していった。このGHとローウエイプロとの契約問題の仲裁役になったのが王羽(ジミ―ウォング)というのは有名は話。作品的には前半のクラシックカンフーテイストと後半の生々しい壮絶なアクションの融合がなされていて香港興行成績もTOPへとのし上がった。成龍本人が完成させた3時間バージョンでの公開は映画館興行者やレイモンドチョウ氏らの反対により泣く泣くカットせねばならなかった。師弟出馬撮影後すぐにアメリカのサンアントニオへと渡米した成龍は師弟出馬の公開用編集作業をサンアントニオにて自ら行うのでフィルムを送れと電話で伝え、もし送らないのであればバトルクリークの撮影を降りるとまでいったという。実際カットしなければならない時本当に涙が流れたとのこと。冒頭のライオンダンスシーンはもっと長く成龍がどのようにライオンの頭を扱うかというような練習シーンのようなものもあったという。さらに道場では仲間らにいじめられるシーンなどもあり孤児で不遇な扱いを受けているシーンがふくまれていたらしい。またジャッキーと警官が廃墟の寺院で剣で闘ったあとユンピョウがそこに現れ警官らがみんな縛られているというシーンがあるとのこと。他にもShieh Kienの警察署のシーンがあるらしくそこでジャッキーが警察署の前にいるガードマンらしき人にWhang In-SikのことでShieh Kienと取引させてくれと命令するというシーンが含まれていたそうだ。噂ではラストアクションシーンはさらに長かったらしいと。
# by jcstyle | 2008-11-16 13:40 | Young Master

スネーキーモンキー蛇拳 日本劇場公開版

香港電影的日常の管理人fakeさんによると日本劇場公開版ではラストアクションが長かったとのこと。一般公開用の試写会バージョンでは宣教師とのアクションシーンも長かったらしい。

Fakeさんの書き込みより↓

kingking さんの発言からすると、他社製品もこの日コロもしくは美亞と同内容であると考えてもよろしいのでしょうか?であるならばVS黄正利は短縮版です。香港公開がどうだったかは不明ですが、少なくとも'79/11/17の日本初公開時からTV初放映された'82/4/10までに劇場で見た『蛇拳』はロングバージョンであったと断言します。私はこの間10回は『蛇拳』を見ましたが、袁小田を救出に現れた成龍が黄正利と言葉を交わした後黄正利が飛びかかりますね、この後成龍の片肌が裂けているのですが、当時はこの間の攻防がまだありました。不思議なのはTV放映後に『蛇拳』をまた劇場で見たのですが、その時にはもう現在みられる短縮版になっていたことです。はじめからふたつのプリントが存在していたのでしょうか?謎です。VSロイ・ホランはファン・クラブ向けの試写ではなく公開前の一般試写だったようです。この件に関しては私自身の目では見ていないため断言は出来ませんがそういう証言があったのは事実です。

PS2

SUSINさんの情報によると蛇形拳と鷹爪拳の確執を思わせるシーンが前半のほうにあったという。

香港電影的日常の管理人Fakeさんの書き込みより↓

『蛇拳』ですが当時私と一緒に何度も『蛇拳』を見に行きファンクラブにも一緒に入会していた友人に連絡を取って記憶を確かめあったのですがお互いにそういう場面は記憶に無いという結論に達しました。ただこれで誤解しないで頂きたいのはお互いに記憶に無いというだけでカットされていないと結論つけたのではないという事です。『蛇拳』の初公開から私たちがリバイバルに出会うのはほぼ一年後でした。(これは日付けのメモを取ってあります)その後はTV放映前後までにコンスタントに上映されたため、以前述べた様なラストバトルの削除シーンについて記憶していました。問題はこの初公開から一年というタイムラグが開いていることです。友達と話して思い出したのですがそういえば当時誰かが冒頭の黄正利VS馮克安がもう少し長かったと言っていたのを憶えています。これは真実かどうかは分りませんし現在では確認しようもありません。はなはだ不確定な情報で申し訳ありませんが公開後一年以降のものにはその場面は無かったと断言出来ますが、初公開時には噂通り存在した可能性だけは否定出来ないということです

詳しい情報お持ちの方連絡ください。
# by jcstyle | 2008-11-16 13:37 | SITES

龍兄虎弟 別バージョン

Lamaってハンドルの人がCity On Fireの掲示板で龍兄虎弟の撮影はされたけど実際の映画には使用されなかったシーンについて語っているのを見つけた。「ゴールデンハーベストの保管庫に非カットバージョンのサンダーアームLDがあるがそれは資料として残っているだけで発売用ではない。エリック・ツァンとフランキー・チャン監督のもとすでに短髪で4分の3の撮影をしていたのだが怪我をしてからチェックしたところそのフィルムの内容が気に入らなくて、フランス・香港を舞台に追加撮影を行った。元々アマゾネス軍団とジャッキーは、本物の洞窟の中で戦いを繰り広げ、またシンシア・ラスロックが大ボスとして登場するはずだった。ラスロックの戦い以外すでに撮影済みだったのだがこれはすべて破棄された。その代わりとしてLadalskiを始めとする僧侶集団とのホールでの戦いを撮影しまた新たにアマゾネス軍団にふさわしい女性ファーターを召集し香港でバトルを撮影した。短髪ジャッキーのシーンは多かったはずなのだがLadalskiのシーンももっとあった。例えばLadalskiはアマゾネスのいるホールへ続く洞窟内の途中でLola Fornerを誘拐しそこでジャッキーとLadalskiの戦いが用意されるはずだった。しかしジャッキーは白人外人のするアクションに対して不信感をもっていたのでその戦いは破棄。HKの関係者と話したことがあるがこれらの破棄された全シーンはLDとして残っていると言う。販売用ではないのだが。そしてスペシャル版として将来発売される可能性があるらしい。」面白い話だ。さらには、GHの倉庫内にはメディアアジア・HKLにも公開されていない多くの貴重品が貯蔵されているようだ。

これが本当であれば非常に嬉しい話でGHでの作品の別バージョンがいつかDVDソフト化される日がくるかもしれない。

87 年のスペイン版(TV放映?)には別のバージョンが存在するという。英語吹替え版のそれにはアランタムのシーンが多く存在し、また削除シーンで有名なバロンとのCafeでの会話のシーンも存在し中盤において竹足場でアマゾネスとジャッキーのファイトシーンがあったという。このVHSを所有する人物はゴールデンハーベスト社にこのバージョンのことを訊ねた際、このバージョンのプリントはまだ保管されているという。上記の書き込みと合致するのが驚きだ。

2004年11月20日 スペインバージョンについての書き込み(訳はMarkさん)

" ジャッキーが亡くなった場合"と私が呼ぶ、伝説的なフッテージがあります。これはジャッキーが頭部外傷から回復出来なかった場合のため、ラウ・カーウィンによっておそらく撮影されたものと思われます。そのフッテージには、いくつかのアクションシーンと同様に、多くのアラン・タムの主演シーンがフィーチャーされていました。私は少なくとも2人のコレクターたちからこのシーンをヨーロッパのTVで見たことがあるという報告を聞いたことがあります。そのバージョンというのは、現行版と全く違うバージョンではありません。むしろ現行版に見られるシーンの多くで別のカットが多く存在していたのです。そのバージョンには、アラン・タムのシーンが多くあり、アラン・タムが女性の暗殺者集団と戦ういう、少なくても1つの別のアクションシーンがあったようです。それは、のちに現行版で、ジャッキーがアマゾネス軍団との対決として使われる結果となりました。コレクターから報告によると、それは作品の初期バージョンという風に私には理解できます。どうしてラウ・カーウィンが、そのようなことを行ったかというと、ラウ・カーウィンがアクションシーンを撮影することによって、彼らが必要としたドラマチックなフッテージを監督するエリック・ツァンを解放したのだと思われます。私はこの件を知ることになったe-メールを探さないといけません、そうすればあなたたちもそれを読むことが出来ます。私はどこかにまだそのメールを残していることを確信しています。私が見つけたそのうちの一通の抜粋から.... 「"龍兄虎弟"について述べると、私は80年代後半に訪れたスペインで何かを見たのです。それは現行版とは異なるシーンがあったバージョンの"龍兄虎弟" でした。ジャッキーが飛行機で飛び去った後、ジャッキーがアランとカフェである男に彼らのミッションについて話すシーンに続くのです。またジャッキーがホテルでアランを探すシーンの代わりとして、アランがジャッキーを町中探し、トラブルに巻き込まれるというもの。そして最も興味深いのは、アランが結局ホテルにたどり着いた後、メイドに扮した暗殺者集団と戦うというアクションシーンがあったことです。そのシーンは現行版のラストでジャッキーがアマゾネス軍団と戦うシーンと酷似していました。その他のシーンについては、我々が知る現行版とほとんど同じでした。」もう一通の私が見つけれなかったe-メールは、日本のファンからの"龍兄虎弟"の別バージョンに関するもので、それには私が上記に述べたこととほとんど同じことが書いてあり、それは"ジャッキーが亡くなった場合"のためにラウ・カーウィンとエリック・ツァンが撮影したフッテージと述べてあったと思います。ゴールデン・ハーベストはすでにこの作品のために多額の製作費を注ぎ込んでいたので、もし必要であれば、ジャッキーなしでも作品完成の継続をしていたと完全に意味していたことになります。またそのシーンを含んだバージョンは何処にあるのかということに関しては、私には手掛かりがありません。私が思うに、それはカットされた"東方禿鷹"や"急凍奇侠"など沢山の他のシーンが保管されいてる同じ場所にあると考えています。おそらくフォーチュン・スター社の倉庫に。
# by jcstyle | 2008-11-16 13:35 | Armour of God